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科学入門シリーズ3
植物の基本は「いい加減さ」

第5回  植物の種子はいい加減ではない


 樹木愛好家のお話も一応今日で最後にします。

 植物の葉や枝振りなどは、一定の規則も持たずかなりいい加減にできていることを話しました。そのいい加減さにも遺伝子が関与しているらしく、問題は、遺伝子のスイッチをオンにしたりオフにしたりする動的メカニズムにいい加減さの秘密がありそうだと見当をつけました。しかし、このあたりの研究はまだ進んでいないようです。

 我が家の猫の額ほどの庭には、2本のヒメシャラが植えてあります。もう30年も年を取っていますが幹の直径は15センチメートルくらいで成長の遅い木です。それでも春になると、大きさが2センチほどの白い花をいっぱいにつけます。目立たない花なので、花が下に落ちているのを見て、ああヒメシャラが咲いているんだ、と気がつきます。花が終わると、実がなり、秋口になると多くの実は落ちてしまいます。

 落ちた実の一部は、翌年の春に芽を出します。それを鉢に植え替えて育てたことがあります。数年かかって数10本も試したでしょうか。なかなか気むずかしい木で、多くは育ちません。それでも1本が元の仕事場の奥飛騨で、もう1本は相模原の方で生き残っています。奥飛騨のヒメシャラはもう3メートルを超えているようで、たぶんこのまま生き残るでしょう。
 懐かしい奥飛騨の谷底にある私のヒメシャラを紹介します。上部の枝が雪の重みで折れています。


▲クリックすると大きくなります



▲クリックすると大きくなります



 横道にそれました。今日のお話は、その実のことです。葉の大きさのいい加減さと比べたとき、実の方は大きさもそろっていて、決していい加減ではないことに気がつきました。

 庭には、何種類かのバラや、ヘンリーヅタ、ツキヌケニンドウ、スイートカズラなどいろいろ変な植物が植わっています。これは妻の趣味で、私は植栽に特別興味はありません。今年は気候が良かったせいか、ツルバラにたくさん実が付きました。また、今年初めてヘンリーヅタに花が咲き紫っぽい実もなりました。ツキヌケニンドウやスイートカズラの真っ赤な実もかわいいものです。

 植物の種類によって実の大きさ、色や形も違いますが、各植物の実は大きさもほぼ同じで決していい加減ではありません。

 奥飛騨の秋口には、オニグルミの実が頭の上に落ちてきます。坂の急な道ではクルミがころころ転がっていきます(まだ果肉のついた実なので丸く転がりやすい)。今思い出してみると、それらの実の大きさはほとんど同じくらいで、葉のように大きな違いはありません。

 実(み)はその中に種子を宿し、植物の生存に最も重要な部分です。だから、実の部分には「いい加減さ」が許されないのではないか、と愚考しています。研究者はこの件に全く興味がないらしく、本を見ても関連する記事はないようです。

 しかし、すぐ反論が聞こえてきます。クリのイガイガを見よ。トチノキの実を見よ。殻の中に3個ほどの実が入っているが、そのうちの1つが大きく、残りの実が小さくなったものが多く見られる。また、落花生を見よ。殻付きピーナッツをむくと、中の実はいろいろな大きさを持っているではないか。

ヒメシャラやバラ、ツタの類と違って、殻の中に複数の実が入っているものは違う戦略と取っているようです。狭い殻の中で3個の実ができるだけ大きくなろうとして競争します。3個が同じように平衡を保って大きくなるのは難しいことでしょう。どれか一つの勢いが強くて、他の実の勢いを凌駕してしまうと考えられます。どのようなきっかけで一つの実が勢いを増すのでしょうか。その仕組みは分かりません。

 暇があったら(十分ありますが)調べてみたいと思います。
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