見聞伝 > 戸塚洋二の科学入門 > 科学入門シリーズ 3
科学入門シリーズ3
植物の基本は「いい加減さ」

第3回  葉の多様性を遺伝子解析する


  朝日選書821に「植物の生存戦略―『じっとしているという知恵』に学ぶ」という本があります。文部科学省の科学研究費補助金から多額の経費を貰って行った一連の研究成果ですが、非専門家にもわかるようにやさしく紹介されています。流行りの遺伝子解析を駆使して、植物の花、葉っぱ、受粉と受精、水や栄養を送る導管や師管をターゲットとした研究です。

 その中に塚谷裕一氏による「葉の形を決めるもの」という章があります。遺伝子が葉の形を決めるのだという最新の研究で、大変面白いです。詳しい解析をするために、「モデル植物」といわれ、この植物のあらゆる部分がよく研究されているシロイヌナズナという草を研究に使っています(写真はこのリンクの中にあります)。

 普通に生えてくるシロイヌナズナは「野生株」と呼ばれます。たくさんのシロイヌナズナを育てると、草のいろいろな部分が野生種とは違った格好をしたものが見つかります。これらの変わり者を「変異体」と呼びます。

 葉の形にも当然変異があります。塚谷氏によれば、野生種と比べて、4種類の変異体が認められます。

1.葉の長さは同じくらいだが幅が細い、細胞の数はほぼ同じで細胞の幅が縮んでいる、
2.葉の幅は同じくらいだが長さが短い、細胞の数はほぼ同じで細胞の長さが縮んでいる、
3.葉の長さは同じくらいだが幅が細い、横方向にある細胞の数が少なくなっている、
4.葉の幅は同じくらいだが長さが短い、縦方向にある細胞の数が少なくなっている、

の4種類です。

 つまり、細胞の横方向と縦方向の厚みを減らす作用、そして横方向と縦方向の細胞の数を減らす作用があります。塚谷氏は、このような4種類の採用がそれぞれ固有の遺伝子によって制御されていることを発見したのです。

 もう一つ、塚谷氏は、細胞の数が少なくなる作用が起きると作られた細胞は形が大きくなる、という新しい発見もしました。しかし、この現象が遺伝子の作用かどうかはまだ分かっていません。

 以上の研究結果は大変面白いと思いませんか。

 ただ、植物愛好家の目から見ると、大変失礼ですが、さらに研究を続けていただきたいという希望があります。

・シロイヌナズナで見つけられた葉の形を支配する遺伝子は、別の種類の植物にもあるのだろうか。
・葉の形が変わっているシロイヌナズナの変異体では、本の写真を見る限り、すべての葉っぱが変異を起こしている。つまり、変異を起こす遺伝子の発現はシロイヌナズナ個体全体に及んでいる。胚の時にすでに突然変異が起きている草を研究対象にしているので、遺伝子の発現が一斉に起きているらしい(下の図を見てください)。
・シラカシなどでは、同じ個体の葉に大きさの違いが現れる。この現象にも同じ遺伝子が関与しているのだろうか。
・ハリギリなどは、木の年齢とともに葉の形が変わっているようだ。この現象にも同じ遺伝子が働いているのだろうか。
・そもそも、何が遺伝子の発現を起こしているのだろうか。また、何が遺伝子の時間的発現を促しているのだろうか。



(図は、朝日選書821、45ページよりコピー。真中のシロイズナズナが野生株。左上が、上に示した1から4の変異で1番目の変異体。右上が第2番目の変異。左下が第3番目、右下が第4番目の変異体。株全体の葉が突然変異の影響を受けているようだ。)

 塚谷氏の研究成果は、植物のいわば「静的」な現象の解明に貢献したものです。植物愛好家の興味は、むしろ植物の「動的」な現象、にあると思います。この辺に対するアタックがぜひ必要でしょう。

 塚谷氏もこのあたりは十分わかっているはずで、本の中に関連した記述があります。引用しますと、

「葉の『原基』(器官を作り出す基になるもの)では、一般に基部で細胞分裂をしていますから、先端から先に葉は完成していきます。つまり、葉の先端にある細胞が完成した時点では、最終的に葉がどのくらいの大きさになり、葉に何個の細胞が使われるかが、まだそれ自身にもわかっていないはずなのです。それなのに、このとき、葉の先端の細胞はすでに、あるべき大きさになっています。(中略)もしかしたら、細胞分裂の様子を、葉の器官まるごとモニターする仕組みがあるのかもしれません。葉の形づくりを理解するためには、細胞だけに注目するのではなく、器官としての葉に何が起きているのかを調べる必要があるといえましょう。」

 このように着実に遺伝子解析は進歩しているようですが、どうも私は消化不良気味です。やはり、前回書いたように、葉の形態に関する詳しいデータベースがないと、植物の全容を解明することはできないような気がします。初心に戻って、地道な植物形態のデータベース作りに励む方はいないのでしょうか。

 トランスポゾンといわれる「動く遺伝子」の現象があります。バーバラ・マクリントックは、トウモロコシの種子のまだら模様に着目して、その遺伝の仕組みを詳細に分析し、また、染色体との関連を調べて、動く遺伝子を発見した、とウィキペディアにあります。推測ですが、種子のまだら模様の詳しい観察が研究の背景にあったに違いありません。

 前回の記事の繰り返しになりますが、葉の形態に関して、まず観察記録(データベース)が欲しい。中学、高校の先生方、やりませんか。
← 前の記事へ → 次の記事へ
→ 表紙へ戻る
Copyright (C) 2008 戸塚洋二, 東京大学 立花隆ゼミナール All Rights Reserved.  表示が崩れますか?